2025年11月3日(月・祝)
開場13:20 開演14:00
小田原三の丸ホール 大ホール
指揮 須藤裕也
J.Strauss II 喜歌劇『こうもり』序曲
W.A.Mozart 交響曲第40番
L.v.Beethoven 交響曲第5番《運命》
ゆかいで楽しいオペレッタです。あらすじはこちらをご覧ください。序曲のメロディの多くは劇中歌から取られています。
とはいえ、序曲を聴くのにあらすじを知っている必要はありません。極端な例ですが、たとえば初演の時は、序曲のこの主題は第一幕のうそ泣きのシーンから取ってるだの、鐘の音は楽しい晩餐会の終わりを告げる合図だの、そんなことを知ってる人は誰もいません。序曲はそういう聴き方を想定している曲ではありません。ただわくわくしながら聴いておけば、それでよいのです。
冒頭の音型の、旋律の線に注目してみます。
高低差があまりないところから降りてくる、というのをうろうろと繰り返しています。皆さんには何の音型に感じられますか。私は、ぽたぽた、ぽろぽろとこぼれ落ちる水滴の動きのように思われます。
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モーツァルトは短調の作品をあまり書きませんでした。交響曲は41作品のうち、これともうひとつだけが短調で、他は全て長調です。
ですが、モーツァルトが悲しい曲を書かなかったというわけではありません。彼は、悲しい曲を長調で書くのです。
モーツァルトのオペラ〈フィガロの結婚〉にロジーナという女性があります。昔は優しかった夫は、今やどうしようもない色好みです。毎日若い子の尻を追いかけ回す伴侶を横目に、もうあの人の心は自分には無いのだと、彼女は1人寝室で孤独に枕を濡らします。
お与えください 愛の神よ 慰めを
私の悲しみに 私のため息に
おお 私に愛する人を返してください
さもなくば私を死なせてください
このアリアが、変ホ長調で書かれています。
横道が長くなりました。何が言いたかったかというと、40番で一番悲しいのは、実は変ホ長調の第二楽章ではないかということなのです。
大好きなおじいちゃんのお葬式でケラケラ笑っている子供のような痛々しさがあります。
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四楽章の呈示部第二主題は、この作品の中で一番素敵なところです。ヴァイオリンのメロディを、クラリネットとファゴットのソロが受け継ぎます。
再び横道に逸れますが、中低音木管のアンサンブルを弦楽器の伴奏が支えるというこのオーケストレーションは、〈フィガロ〉の、屋敷にお仕えする少年ケルビーノの有名なアリアに似ている感じがします。ピュアでかわいいケルビーノ坊やは、伯爵夫人であるロジーナに恋しちゃっていて、泣いてばかりの夫人のために、自分の気持ちを恋歌にして、耳まで真っ赤にしながら一生懸命歌ってあげるのです。
40番に話を戻しますと、この箇所を聞くと、そういう透明で純真で、でも自分からは決して触れない場所にあるような、きれいで儚くてそれゆえ切ないようなものが想起されます。
でも、この主題の本質はそのきれいさではないのです。呈示部でここは変ロ長調でした。再現部ではト短調です。ソナタ形式の再現部としては型どおりで特に変わったことをしているわけではないのですが、呈示部が美しかった分、再現部で短調になったときの落差が大きいのです。きらきらと輝いていたものは灰色に濁って澱み、満ちていた生気は枯れ、無垢だった姿はおどろおどろしく変わり果てて、廃屋に置き去りにされたお人形のような、底知れぬ気味悪さを醸し出しています。
40番の醍醐味は、こういう背筋がぞくっとするような瞬間だと思います。
ところで、以前運命を演奏したときの曲解説も弊団ホームページで公開されています。よろしければこちらからぜひお読みください。
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冒頭、有名なモチーフです。
演奏される時代によって、弾き方の流行りがあります。第二次大戦ごろの録音を聴いてみると、非常に重々しく、まさに「一音一音に魂を込める」といった印象を受けます。1970年代くらいになるとそこまで重々しくはありませんが、それでも長い音を強調するなど、重厚さを演出しています。近年はもっとスマートな弾き方が主流です(このような流行り廃りの背景を探っていくと、色々なイデオロギーの変化が見られて面白いのですが、今日はいったん置いておきます)。
ですので、最近の演奏を聴くのであれば「〈運命〉=ジャジャジャジャーン」と思わない方がいいかなと思います。「〈運命〉=ジャジャジャジャーン」になったのは、日本の大衆が西洋のクラシック音楽をレコードで聴きはじめたころに流行っていた演奏、いわゆる「歴史的名盤」の影響だろうと思われます。「ジャ」だと発音に時間がかかり、重たい感じの演奏が想起されます。近年よくある演奏はもう少し「ンタタタターン」という感じです。
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この有名なモチーフ(いわゆる「運命動機」とか呼ばれるもの)が、まるで機械の部品のように、全楽章の至るところにパーツとして仕込まれているというのもまた有名な話です。普通に聞いていれば「ああこれは」と分かるものも、よく探さないと見つからないものもあります。ざっくり「短い音3つ+長い音1つ」のリズムと思って構えておくと気づきやすいです。
個人的に「こんなところまで…」と恐れ入った箇所が2つあります。1つは第一楽章第二主題のチェロ・コントラバス。綺麗なメロディの方にに耳を奪われてしまいがちですが、かっこいいのでぜひ聴いていただきたいところです。
もうひとつは、後ほどご紹介します。
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モーツァルトの方で、短調のソナタ形式の再現部第二主題は短調に戻ってくるのが良いのだという話をしました。でも実はベートーヴェンのこの一楽章は再現部も長調です。戻ってきたときも綺麗なまま、悲しくなりません。
ベートーヴェンは徹底的に暗→明の人なのだと思われます。
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第二楽章は初めて耳にする方もあるかもしれませんが、大変に良い曲です。
変奏曲の形式で、20小節間くらい続くメロディをずっと繰り返していきます。ただ同じように繰り返すのではなく、細かい音の飾りをつけたり、楽器を変えたりしていきます。
このような形式ですから、繰り返しの素材となるメロディがとても重要です。ひとつの食材をずっと使ってコース料理を作るようなものですから、そもそもの素材にこだわらないとおいしい料理になりません。
また、この素材はシンプルである必要があります。音楽は時間芸術であるという特性上、絵画のように「ここにこういう飾りがついているんだ」と見て比べることができません。初めて聴く人でもある程度メロディを覚えておけるくらいシンプルな素材を使わないと、変奏曲の妙が伝わりきりません。
というわけで、変奏曲というのは素朴で、かつ大変に美しく印象深いメロディが多いのです。〈皇帝〉の第二楽章とか、ピアノソナタ第12番の第一楽章とか。この〈運命〉の第二楽章も、大変に良い曲です。
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四楽章まで出番がない人たちが5人います。1人はピッコロ、1人はコントラファゴット、もう3人はトロンボーンです。
絶望と混沌の三楽章を抜けた先の、四楽章の勝利のファンファーレをより輝かしく演出するための飛び道具として、この5人はじっと待つ役目を与えられているのです。個人的には、この役目は実際の演奏効果というよりは、もう少し理念的というか、コンセプチュアルなものではないかと思います。各楽器に与えられた「文脈」が重要です。ピッコロとコントラファゴットは、オーケストラの音域をそれぞれ上下に拡大します。トロンボーンはこの時代教会の楽器、神の楽器でした。これらが勝利の音楽に加わるという事実それ自体が、ベートーヴェンにとって大きいことだったのではないかと思います。
とはいえ、せっかく加わるのですから、注目して聴いていただくと面白いところだと思います。
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第四楽章の一番最後、曲の締めくくりの音はフェルマータで伸ばしますが、その直前の四音。少しわかりにくいですが「タンタンタン、タン」で、短い音3つ+長い音1つ、運命動機です。
ここまで何十分もかけて紡いできた音楽劇が、冒頭と同じ運命の動機で結ばれるというわけなのです。構成としてはちょっと完璧すぎます。
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ところで、私が勝手に考えたことですが、今回のプログラムの隠しテーマは「涙」です。うそ泣きの涙、悲しくないのにこぼれる涙、悲しいのに流れない涙、絶望の涙、喜びの涙。いろいろな涙を感じてください。